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2017/08/22 17:56 |
治療歴13~カルシウムが止まらない
手術のために、両親が日本から来ることになりました。今年70歳になる両親には、先月手術になることが分かるまで、この病気のことを全く話せずにいました。ただでさえ、今まで散々好き勝手なことをして心配ばかりかけていたのに、今度は「がんになっちゃった」なんて、とても正気じゃ言えなかったのです。でもこんな大手術を受けることになれば、もう黙っている訳にはいきません。この頃、私は手術に対する恐怖心より、こんな事になってしまった罪悪感と申し訳ない気持ちで一杯でした。親より先に死ぬなんて、そんなこと絶対にできない。「私は絶対に死なないぞ」と心に強く誓っていました。

手術は8月14日に決まりました。まだ数週間あります。やはり、この時の難題は血中カルシウムをコントロールすることでした。ゾメダが使えなくなり、私のカルシウムレベルはまた急上昇していました。毎日のようにクリニックへ通い、多量の点滴で洗い流しますが、もう追いつきません。とうとう危険値の12を越してしまい、またもや入院して治療することになりました。

手術前に少しでも体調を整えておきたかったのに、こう24時間点滴台に縛られていてはかないません。おまけに多量の利尿剤のせいで、夜中も30分おきにトイレへ。ほとんど眠ることもできません。体がだるいし食欲もない。数日後、やっとカルシウムが平常に戻りましたが、手術までまだ2週間あります。それまでまたもつか分かりません。でも病院にいるのはもう限界です。「毎日でも、何時間でも治療に通うから、とにかく出してくれえ」と言って、強引に退院させてもらいました。


さよならウォルシュコーチ

nfl_w_bwalshobit_412.jpgちょうど退院の準備をしていた時、病室のテレビで、元サンフランシスコ49ERSのヘッドコーチ、ビル・ウォルシュさんが、3年間にわたる闘病の末、白血病で亡くなったと知りました。アメフトファンの方ならよくご存知だと思いますが、80年代の49ERSの黄金期を築き上げた“張本人”です。こちら地元ファンにとっては、亡くなる前からすでに「伝説の人」でした。

彼もこの病院の患者さんでした。2ヶ月ほどまえに、がんセンターで見かけたばっかりでした。その時は娘さんのような人と一緒で、2階の治療室に私たちと同じエレベーターでに上がって行きました。テレピで見るよりは、すでにかなりやつれていて、気分も悪そうでした。JJも私もなぜか緊張して、声をかけることができませんでした。あのとき「Hello」くらい言えてたならなあ...。ご冥福をお祈りします。
(治療歴14へつづく)
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2007/07/24 14:11 | Comments(0) | TrackBack(0) | 過去の記録3~手術編

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