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2017/11/23 14:41 |
治療歴1~K病院(2006年11月~2007年2月)
ガンが発覚した2006年11月、私はすでに体力的にかなり衰弱していました。半年以上も原因不明の下痢、腹痛、吐き気に見舞われ、体重は激減、しまいにはまともに歩けなくなって、仕事もずっと休んでいました。これで真っ先に思い出すのは、こんなになるまで何もしてくれなかったまことの元主治医でヤブ医者のH。なんども病院に足を運んで体調不良を訴えたのに、ろくな検査もせずに「あなたの病気は精神的なものだから精神科に行きなさい」なんて言ってたっけ。今でも考えたら腹が立つ。でもまあ、彼女の悪口は後でゆっくり特集でも組むことして、ここではこれまでの治療歴をまとめてみました。


1. とりあえず、ホルモン療法 (2006年11月-2007年1月)

サンフランシスコからベイブリッジを渡って対岸にあるオークランド市のK病院(当時勤めていた会社の近く)でガンを告知され、即治療を開始する。まず第一に症状を和らげ、体力を回復するために、抗がん剤を使わずに、サンドスタチン(抗ホルモン剤)のみを使用。食欲増進を図るため、メゲストロール(Megestrol)も服用。


2. セカンドオピニオン (そして3rd、4th...)


ホルモン療法を始めて、最初の数週間は病状が和らぎ、食欲が少し回復。しかし、すぐに夜汗、微熱、全身痛などの新しい症状が現れる。K病院の治療プランに懐疑的になったJJに説得され、カリフォルニア州内の膵内分泌腫瘍の研究で著名な医者(3人)をたずねる。症状からして、今すぐ抗がん剤の治療を始めるよう言われる。K病院に戻り、その旨を伝えるが、担当医は治療方針を変えようといない。このころ、ほとんど歩けず車椅子で生活。


3. 高カルシウム血症で入院(2006年12月27日~2007年1月1日)

クリスマスの後、たまたま行った血液検査で血中のカルシウムが異常に高く、危険なレベルに達している事が判明し、即日入院。骨転移が疑われたが、Bone Scanの結果それらしきものはなし。結局、腫瘍が関係していること以外、詳しい原因は認められず。三日三晩IVと注射で血液を洗い流し、血中カルシウムを正常値まで下げる。過度の貧血のため、輸血も受ける。夜汗、全身痛、微熱は解消しないまま、2007年1月1日元旦に退院。


4. 抗がん剤治療開始(2007年1月)

退院後、再度、担当医を説得して予定より早くCT Scanを撮ってもらう。腫瘍がさらに大きくなっているのが判明。症状はひどくなる一方、担当医がやっと抗がん剤に切り替えることに決定。このころJJの担当医に対する不信感が絶頂に達する。1月22日、ストレプトゾシンとドキソルビシンを使った第一回目の治療がはじまる。

(治療歴2へつづく)

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2007/01/31 15:27 | Comments(0) | TrackBack(0) | 過去の記録2~治療編

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